大正橋床版コンクリートの中性化防止工法について

[はじめに]
鳥取市の野坂川にかかる市道古海高住線・大正橋は昭和7年架設の橋長60.4mの鋼桁床版橋である。古くは「吉岡街道」と呼ばれ鳥取市と吉岡温泉をつなぐ幹線道路である。今回工事は、「橋梁長寿命化計画」に基づき老朽化した同橋を検討し、延命させるためのものである。


1.設計思想
調査及び設計は「株式会社アスコ」が担当し、施工は株式会社トラストが担当した。

①「調査設計報告書」によると、当該床版中性化調査は、約500㎡の床版から、張り出し床版1か所、両橋台付近の2か所計三か所で行われ、そのコア調査では最大27mmに達している。これは、鉄筋腐食開始判定の「被りから10mm」の基準を上回り、腐食が既に開始されていると判断する数値である。また、「至る所に鉄筋腐食により、浮き、鉄筋露出、ジャンカ等の断面欠損部を確認」している。

②施工者は、コンクリート診断士宮崎健次及び太田が足場組み立て後、詳細検討を行い、
ⅰ、鉄筋露出を生じている部分は鉄筋裏までハツリ取り、錆を除去したのち鉄筋に防錆処理(亜硝酸リチウムペースト塗布)断面修復を行った。
ハツリ工事を行った後、フェノールフタレイン水溶液を残存コンクリートに噴霧し、中性化しているものは取り除く対象としたが、表面から続くひび割れに沿った部分を取り除くと中性化したコンクリートは除去できた。
ⅱ、コンクリートのひび割れから漏水・遊離石灰が生じている部分は「充填工法」を行い、幅0.2mm以上のひび割れは注入工法を施工した。

☆中性化によって既に腐食している鉄筋は、中性化したコンクリートを
除去し、鉄筋を露出させ防錆処理を行う。充填工法。
鉄筋が腐食していない場合(注入工法)
いずれも外気環境からコンクリート内部を遮断するということが主
眼である。
☆「外見上の変状が見られなくても中性化が鉄筋まで達している可能性
が高いことから表面処理工を施す。」(p169)
コンクリート中の中性化を進行させないこと、あるいは再アルカリ化すること、
などを対策として検討した。


2.中性化の定義
(社)日本コンクリート工学協会の炭酸化研究会報告書(1993年3月)によると「セメント硬化体のアルカリ性が低下する現象」を中性化(Neutralization)と定義し、炭酸化(Carbonation)は「セメントの水和生成物が、二酸化炭素と反応し、炭酸化合物およびその他の物質に分解する現象」と定義している。すなわち、空気中の炭酸ガスに限らず、酸性雨、亜硫酸ガス、硫化水素、窒素酸化物、酸性泉などの浸透・拡散により、コンクリートやモルタルなどのアルカリ性が低下する現象を広義で中性化と呼んでいる。
コンクリート中のカルシウム水和物はCO2及び細孔中に水がなければ反応しない。


3.土木学会は『表面保護工法設計施工指針』(案)を発表し、表面含浸材の試験方法を定めている。
この中で最も重要なことは、Co2の遮断性能など、劣化要因の抑制効果を測定することである。
①外観試験・・・・拡散昼光の下での変化の観察
②含浸深さ試験・・・・撥水している部分の深さを測定する
③透水量試験・・・・試験開始7日時点での透水量、透水比
④吸水率試験・・・・試験開始7日時点での吸水量、吸水比
⑤透湿度試験・・・コンクリート中の水分が外気に出ていけるかどうかの判定  
透湿量、透湿比
⑥中性化に対する抵抗性試験・・・・試薬の噴霧から中性深さ測定までの時間
中性化深さ
薄赤紫に呈色した部分の有無 
(フェノールフタレイン水溶液)
中性化深さ比
⑦塩化物イオン浸透に対する抵抗性試験
塩化物イオン浸透深さまでの時間
塩化物イオンの浸透深さ
塩化物イオン浸透深さ比
上記試験結果を比較し、工法を決定する。

4、「報告書」に記載されている工法の検討
①「AR防錆工法」
亜硝酸リチウムを主剤として40%の水溶液をコンクリート中に噴霧もしくは塗布する。浸透は徐々に(1~2年)コンクリート中に向って行われる。主剤が外気の影響を受けないように、ポリマーセメントを塗布して、遮断する。
亜硝酸リチウムの初期浸透は10mm程度。液状のH2O分子の持つ表面張力と分子の大きさより、小さい孔には入らない。
亜硝酸リチウムによってコンクリート中の環境は再アルカリ化する。 また骨材のアル骨反応を抑制する(今回は無関係)

欠点

ⅰ、亜硝酸リチウムは毒物ではないが、強アルカリ性であり、河川への混入は避けなければならない。
(別紙資料)ECでは使用禁止。

ⅱ、撥水性はポリマーセメントで確保するが、透水量は大きい。また、Co2を透過させる。その意味で、中性化を阻止するのではない
基本的な考え方はコンクリート中にアルカリを浸透させ鉄筋を防錆させるという考えかた。浸透は3cm程度にとどまる。鉄筋の防錆性能は不十分で、確認が難しい。リチウムが残存する限りにおいて、中性化を遅延させる。(メーカーの説明)

ⅲ、土木学会の評価(別紙)
透水性は高い(効果薄い)
ポリマーセメントで、吸水を抑止する、という考え方。

②「某社含浸・防錆」工法
ⅰ、シラン系含浸材である。シラン系の特徴である含浸深さは相当量確保できる。逆にコンクリート微細孔を閉塞できない。
ⅱ、そのために「中性化に対する抵抗性試験結果は良くない
ⅲ、その代わりに「含浸深さが深い」「水分の滲入を押さえるので、カソード反応を抑制し、鉄筋まで到達すればシランが保護層を形成できる」と主張する。「中性化はするが、鉄筋は錆びない」というのである。
A社は他社製品との比較にこのことを『防錆』として主張する。
ⅳ、しかし、含浸深さ試験は、t=10~11mm(0.6㍑/平米)であり、鉄筋全面に不動態皮膜に替わるシラン高分子化合物の膜ができるとは言い難い。これまでのシランの特徴である『浮遊性』の状態である。
このために、1㎡あたり600gという量を必要とする。
ⅴ、分子の大きさと、流動性が高いので下記のような性質であり、水は通さない(当然塩化物を通さない)が、Co2を透過させ、H2Oは気体分子の形で透過させる。(コンクリート中と外気の相互浸透作用はある)


シロキサン結合を取り巻くアルキル基の分子結合の隙間が大きいため、 H2O 及びCo2その他のガスを透過させてしまう
液体である水は表面張力があるため、透過できない。
気体分子の大きさは、Co2は0.4nm(ナノメートル=1/10億m)
H2Oは0.26nm

  また、当含浸材の分子末端は長鎖の炭素基で形成されているので、分子同士の結合ができず(立体障害を解決できていない)隙間が大きいと同時に、セメント水和物との結合も不安定な状態に常時あり、その ために液体でありながら塗料として使用できないのである。
(当含浸材を試験体の一部に塗布して6時間程度置くと、塗布していない部分にも撥水効果が表れるほどである)
そのために、「中性化に対する抵抗性試験結果が悪いのである。
③「パーミエイト工法」
ⅰ、含浸材に使用されている従来のシラン系化合物の弱点であった、立体障害を克服し安定した無機系ポリマーを形成する。
また、分子結合の隙間が小さく、H2O(0.26nm)は透過させるが、 CO2は(0.4nm)は透過させないという特色を持ち、かつガラスや岩石と同様 のシロキサン結合を形成する。

ⅱ、このために、「表面保護工法設計施工指針(案)」の定める試験結果において最良の結果を出している。
※金沢工業大学木村研究室評価

ⅲ、厳密には「含浸材」ではなく、含浸後、封孔することによって、H2Oガスは透過するがCo2ガスは透過させない膜を形成するのである。

概念模型図(ポリマーおよび微細孔内での状態)              
   
Rは芳香族を含む炭化水素基、例CH3等

ⅳ、このような性格から、含浸及び封孔及び表面被覆を満たす液量は、従来のシラン系に比して少量で済み、コンクリートの状態にもよるが、「表面保護工法設計施工指針(案)」の試験体では150g/㎡であり、基本的にはロス分20%増し180g/㎡でよく、塗装回数は2回でよい。また、塗装間隔は3時間で十分であるので、養生時間が短い。工程短縮に貢献できる
ⅴ、付着力はコンクリート孔に根を張ることによって強く。4~5N/mm2の強度(コンクリートの凝集力に依存)がある。また、溶剤を用いないので硬化時に微細孔が生じがたい。

ⅵ、安全性
床版下面は『3方を囲われた作業環境』すなわち労働安全衛生法上の室内作業に当たるが、塗布時に大気中の水分と反応して発生するメタノールが24時間あたり、33g/平米と少量発生するが、特定有害化学物質量の基準以内である。
※メタノールの許容管理濃度は200ppm。
有機溶剤系塗料は基本的に該当する。
※有機溶剤の許容消費量・1時間当たり=Wg
作業場の気積=A
第1種  W=1/15A
第2種  W=2/5A
第3種  W=3/2A

  ⅶ、本来無機塗料として開発されてきた経緯から、橋梁鋼桁の塗装剤として、性能は従来塗料(フッ素系)に比してはるかに優れた性質をもつが、材料価格が高く、今回は協議対象にできないのが残念である。