[不況下にあえぐ建設業] |
建設業は鳥取県の基幹産業であり労働人口の10%前後を占め、関連する卸売・小売業等を含めると
その動向はわが県の経済に大きな影響を与えている。特に『激戦地』東部地区では採算度外視の
「叩き合い」の状況が続き企業利益を圧迫した結果、健全性に問題のある企業が増加しているのが現状である。 問題は、個別企業の健全性に影響を与えるだけでなく、工事に参加する協力会社(下請け)代金の下落、 労働賃金の低下、物価の下落など大きな社会問題に発展する要素を内包しているところまで事態は進行 しているというところにある。 一例をあげれば県が入札時に使用する「積算基準価格」において、土木構造物の基礎をなす 鉄筋コンクリート用の生コン価格は、東部地区では11,400円/㎥であるのに対して、隣の旧泊村では 16,050円/㎥と5,000円の価格差が生じている。これは基本的に全く同じものである。 一歩の距離が莫大な価格差を生み出すということは、通常の物価においてはあり得ないが、 入札制度のひずみがこの現実を生み出しているのである。 |
[JV型入札] |
JV=ジョイントベンチャー(特定建設共同企業体)型発注はわが県において、トンネル工事、ダム工事、
橋梁上部工事など工事額が大きい工事において採用されている。 この場合、地元業者同士のJVとゼネコンと地元のJVの二種類がある。前者は受注金額が大きいので 受注機会を少しでも均等にするという精神から行われ、後者はゼネコン等技術力のある企業に地元企業が 「子」(代表者ではない参加企業)として加わり、技術を取得し、やがて自ら代表者になりうるようにという 「育成」の意味合いが含められている。 |
[WTOの余波] |
5月22日岩美道路のトンネル工事の調達公告が行われた。これまでは、ゼネコンと地元JVという組み合わせで
公募されたが、今回は国内外の企業の組み合わせならどこでもよい、という形式である。
これはWTO加盟国である我が国において、19億4千万円を超える工事は門戸を開かなければならないという理由による。 かつては県内のトップ企業はゼネコンから声がかかるのを楽しみにし、誇りを持って入札に参加した。 土木屋である以上トンネル工事に主体的に参加できることは企業としての有形無形の財産になるからである。 しかし今、疲弊にあえいでいる県内企業はこの競争に参加することが困難である。 なぜならば、トンネル工事にJVの一員として参加したとしても、将来トンネル工事に代表者として入札参加する 可能性が全くないこと。これは橋梁工事にJVとして参加してその後PC工事を単独受注できるようになったこととは 大きな違いである。もう一つは、ゼネコンも受注競争が激しく、低価格受注を余儀なくされるのでJVが 必ず工事利益を残せる保証がないこと。場合によっては赤字を共同で負担しなければならないが、「子」である地元は 積算業務から外される場合が多く見積もり行為から排除されるため、見通しが立たないこと。 技術者を一人ないし二人張り付けて、赤字ではたまったものではない。しかし最大の理由はJV受注金額が入札時の 「受注減点」にカウントされ、その後の地元対象の工事受注に少なからぬ不利として作用するということである。 これらの理由から、JVに参加するデメリットがあまりにも大きいと受け止められるのである。 |
[「東部地区の発注額前年比30%増し」の中身] |
わが県の本年度土木工事発注予定額はおおむね300億円超であるが、その三分の一程度の約103億円が
東部総合事務所管内に投下される。しかしその主要な中身は山陰道建設関連であり、トンネル、橋梁上部工など、
ゼネコン絡み物件が大きな割合を占めている。今回のトンネル工事は単年執行ではないとはいえ43億円超である。
したがって地元向け物件はむしろ少ない。 トンネルJVの県内参加資格である経営事項審査評価点数(P点)930点以上の業者は県内にわずか29社、 東部地区は8社であり県内業界のトップリーダーの位置にある。 全国の工事業者が群れをなして低価格で仕事をとり合う中で、リーダー達が、どのような判断を下すのかは、 建設業界のみならず県の経済に大きな影響を与える。 地元の土木工事を何らかの形で受注し、その後のメンテナンスを含め見守るのは、地元建設業者の責務である。 しかし、発注量が少なく受注が期待できないのだからJVに参加して薄利もしくは赤字覚悟で叩き合い受注し、 他の工事の受注機会を放棄するか、JV参加を見送り今後発注されるであろう工事の単独受注に期待するか、 選べる範囲はあまりにも狭いのである。 しかし、土木入札参加資格を持つ県内548社にとっては選択など初めから問題にならず、自社が向かえる入札に 手当たり次第に向かい、得意分野とは無関係に受注を目指すほかはなく、最も大事な企業としての戦略性も 計画性も立てることができないのが現実なのである。 我が国は自然災害から自由ではなく、災害復旧のために迅速に対処する地元建設業者が健全に存在することが 安全・安心な社会の基本である。また、災害を甚大化させないために計画的に防災活動として土木工事を行い、 一方交通網の整備などの社会資本を充実させていく必要がある。 事業は計画性の中で人材を育成し技術を高めていかなければならない。建設業に携わる労働者の高齢化率 (50歳以上の労働者が全体数に占める割合)は43.5%、40歳以上が65%という現実の中で、若者が夢を持ち 技術を引き継いでいけるようにするためには、発注=入札制度も転換期に来ているのではないだろうか。 |
帝国ニュース山陰版No,980 2012年6月4日 ㈱大昌エンジニアリング 代表取締役 太田忠良 |