[談合時代の終焉と過当競争] |
「建設業者は談合によって不正な利益を得ている」というのがマスコミによってキャンペーンされ、
多くの国民の記憶に刷り込まれ、残念ではあるが今日でも「建設会社は諸悪の根源」と考えている人は
少なからず存在する。司直の手によって解明され処罰された談合事件が氷山の一角にも満たないというのは
事実である。 談合の摘発はゼネコンを先頭に建設業界に猛烈な衝撃を与え、一挙に低価格入札時代を招来させた。 北海道と九州のダム工事で大手ゼネコンが予定価格の40%台で入札=落札したことを皮切りに、大手、 中小を問わず受注のためなら出血はいとわないという激流が列島を席捲したのである。国土交通省は このことが社会資本の品質低下に直結することを懸念し「品質確保法」を成立させ不良不適格業者の 排除の徹底の一方で低入札を規制する諸方策を打ち出した。代表的なものは、入札は単なる価格競争だけでなく、 工事の品質保証と合わせて評価する「総合評価」で決定する施策である。 |
[総合評価入札制度の問題点] |
総合評価制度は初期の制度的未分化を経て平成20年6月以降、審査機関を別個に設置し「公平な審査」に
重点が置かれるようになってきた。今日ではオーバースペック(設計の求めている以上の品質を業者負担で
提案する)は評価されない。この結果、技術提案においては大胆な技術革新による提案は影をひそめ、
発注側が意図する内容をどのように読み解くのかが、企業の技術者の課題になってきた。 設計と施工の分離発注という制度の下において設計にかかわる技術提案を行うことを排除し施工の領域のみで 創意工夫を求めるのは施工側からすると限界があり、国土交通省のさまざまなガイドライン、研究会報告等を 読み込んでそれをなぞるものにならざるを得ない。 |
[鳥取県の独自性] |
わが県の入札制度の特徴は全国でも珍しい「技術提案」を求めないこと、最高入札制限価格が公表されている
ことである。前者は本年から試行が開始されたのだが、発注側がためらってきた理由は技術提案の評価が
煩雑であること、価格を公表しないと価格を探るために暗躍するものが現われ、結局「県の職員が被害者になる
可能性が大きい」ことが真の理由である。 |
[入札価格とは何か] |
公共工事の入札の根本は発注者が行う「積算」によってあらかじめ最高入札価格が設定される。
積算の基本になるのは毎年実施されている物価調査、労務費調査である。つまり、「最高入札価格」は
発注側=官が設定した適正価格である。いわば差し値である。したがって「談合時代」や「入札金額の漏えい」
(それは犯罪であるが)の時代に国民が損をしていたというわけではない。 入札は入札者が企業努力を行い官積算よりも安く工事を実施できるとして最低価格を提示し、 受注するシステムである。 ところで、土木工事を安く仕上げる方法は、設計が別個にされ、施工管理基準でがんじがらめにされている中では、 それほど多くない。一番単純なのは労務費を調査の結果定められた労務費より安く抑える。材料費を抑えるという 誰にでもわかる方法である。しかしそれは競争が技術を生み価格を抑え文化の平準化汎用性を拡大し 文明を発展させるという資本主義の原理の対比に存在する思考方法である。一般には工程管理を厳しく行い、 共通仮設費、現場管理費を削減するのであるが、これには限界がある。 私の乏しい経験では、技術の革新の成功例は現場施工で設計されていた通信ケーブルの防火保護管を 工場製作に変更し、工期と直接工事費(さらに交通警備員費)を劇的に削減したことと、コンクリート二次製品を 県内で制作し輸送コストを大幅に削減した程度の記憶しかない。 結局、今日では入札価格は最低限入札予定価ギリギリに貼りつき、施工者のどこかにしわ寄せが集中するのである。 そしてまた、翌年の調査において労務費は下がり、技術者の労働時間は労働基準法の定める範囲をはるかに超える 長時間化するのである。 |
[入札準備のため建設技術者が疲弊] |
建設業者にとって入札はすべての出発点である。落札できなければそれまでの努力は水泡に期すのである。
中小建設業者は入札のための技術提案書の作成、官が行っている積算をなぞり、それとは別個に見積もりを徴収して
実行予算を立て知力と体力を消耗する。最も大事な仕事であるので、各社のエースがその仕事に張り付く。
本来工事の施工に向けられる能力がこの作業ですり切れていく。落札者は当然唯1社であるので20数社は徒労だけを
得るのである。また、こうした労力が技術力を生みだすわけではないのである。 技術は現場で育つのである。この結果全体として技術力は低下しパソコン技術に長けたものが業界を リードするようなありさまが現出している。 |
[必要なのは性能規定による技術の競争] |
社会資本の整備が進み国家財政の危機が深刻化した中で、国家の基本戦略としての建設業者淘汰が進められている。
しかし「フクシマ3.11」や自然災害に対して我が国が脆弱さを露呈したように建設業の重要性は不変である。 本来発注者が何もかも設計して施工だけを入札で決定するという方法は既述したように限界がある。 目的物の性能を規定し、設計施工を一体で技術提案にかけ、総合的に判断するシステムへの移行が 必要なのではないだろうか。 |
2012年5月 ㈱大昌エンジニアリング 代表取締役 太田忠良 |